2026.3.7(土)|大石 湧斗(おおいしゆうと)
今日は第二の故郷に行った。
高校時代にお世話になった父の実家がある焼津・藤枝。ひいおばあちゃん、おじいちゃん、おじに会って、近況報告をして、昔の話をたくさんした。
そこで、ふと考えた。なんで自分にはこういう経営感覚が生まれたんだろう、と。
フリーマーケットの少年
過去の細かいところを振り返ってみたら、答えはすごくシンプルなところにあった。
幼稚園、小学生の頃から、親と一緒にフリーマーケットに行っていた。ゲームセンターで取ったもの、ゲームカード、親に買ってもらったけど不要になった自分の持ち物。それを自分で値段をつけて、販売していた。
もちろん交渉もした。小さいながらに、他の出店者のところへ行って安く買い付けて、次回のフリマで高く売ったりもしていた。
……冷静に考えると、小学生がやることじゃないかもしれない。でも当時は無意識だった。楽しかったからやっていた。結果的に、お金のやり取りに対する耐性がこの頃からついていたんだと思う。
フェスタ金小
もうひとつ思い出したのが、小学校でやっていた「フェスタ金小(かなしょう)」だ。今もあるかどうかはわからないけど、クラスごとに出し物——お店を出すイベントだった。
輪投げ、ゲーム、劇、ボウリング、釣り、ラミネートで名刺作成。小学生がみんなでクラスで考えて、みんなで作って、1〜10円、またはペットボトルキャップ1個=1円計算で営業する。社会活動のトレーニングを兼ねたエコ活動みたいなテーマだった気がする。
Vol.10で書いた「株式会社GOGO+」や「DX株式会社」を学校内で立ち上げていた話と根っこは同じだ。お金のやり取りを学ぶ場面が、僕の周りには多かった。環境が良かったんだと思う。
今の時代って、こういうの規制が多くてあまり聞かない気がする。あるのかもしれないけど。だから自分がそういうイベントやスクールを立ち上げてみるのもありかなと感じた。余裕が出てきたらの話だけど、頭の片隅に置いておきたい。
お金は「ありがとう」の対価
振り返って思うのは、僕は無意識のうちに「お金は相手が喜んでくれた対価だ」と認識していたのかもしれないということ。
フリーマーケットで自分の持ち物を売る。相手が「これいいね」と言ってくれて、お金を払ってくれる。その繰り返しの中で、商売の本質を体で覚えていた。
だから、お金を稼ぐことを悪だと感じなかった。今でも変わらない。
Vol.10で書いた「自分がやった分だけ返ってくるこの世の中が大好きだ」という感覚。あれの原点は、たぶんフリーマーケットだった。
フェスタやバザーは今でも好きで行っている。ただ、昔のほうが交渉の距離感も金額も——儲けようとしない人が多くて、純粋な楽しさがあった気がする。あの空気が好きだった。
振り返ることの力
今日は突っ走っている毎日の中で、立ち止まって過去を振り返る日になった。
自分を知っていくことは非常に重要だと改めて思う。Vol.10でも人生を振り返ったけど、あのときは大きな流れを書いた。今日はもっと細かい、幼少期の記憶の話。でもそこに、今の自分の経営感覚の根っこがあった。
こうやって時間を作って振り返ることが、また前に進むパワーになる。そして感謝の心が湧いてくる。
ひいおばあちゃんもおじいちゃんもおじも元気だった。第二の故郷の空気を吸って、また明日から走れる。
明日も頑張ろう。
株式会社Milestone(マイルストーン) 代表取締役 大石 湧斗(おおいしゆうと) 社長日誌 Vol.15「商売の原点は、フリーマーケットだった」
コメント